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再び、騎馬民族

 川又正智:著『ウマ駆ける古代アジア』講談社選書メチエ11(1994.3)を読んでもらうのが手っ取り早い。が、簡単にに答えときます。
 ウマは旧石器時代には重要な狩猟対象で、方法は大勢の狩人による追い込み猟だったと想定されてます(G.ボジンスキー:著/小野昭:訳『ゲナスドルフ-氷河時代狩猟民の世界』/六興出版(倒産?)/1991.1)。ウマは季節ごとの移動などをせずに一定のエリアで群を作って生息していたようです。
 ウマの家畜化の始まりについては、その目的(牽引か騎乗か)も含め、まだまだ資料が少ないみたいです。かっては牽引が先と言われていたようですが、ウクライナで紀元前4000年頃のハミ(ウマに噛ませて手綱を結びつける部品)が見つかり、騎乗の方が先じゃないかという見解が出されています。この後、いわゆる騎馬遊牧が確実に存在しているのが紀元前3000年前後のヤムナ文化(黒海北方からハンガリー)です。
 タロウの飼い主さんは少し勘違いしているようですが、牧畜民(ヒツジ)がウマを家畜化(騎乗)することで騎馬遊牧民(騎馬民族)化するわけです。馬に乗らないと管理できない足の速い大型獣(ウシやウマ)が飼育できるようになると同時に、管理できる羊の数が徒歩の場合と比べて約10倍になるといわれています。ただ、家畜が10倍になると必要になる草の量も増えるわけで、他集団と一定の距離を置き、遠距離を移動する生活が始まります。ただ、これらの集団は離れていても、高速の移動手段を持っているのでコミュニケーションは密で、農耕社会を基盤とする古代帝国(こっちはウマがひく戦車が基本)に対抗できたと考えられています。

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コメント

またまた丁寧にお答えいただき、ありがとうございます。
おばかな私も、これで少しかしこくなったかも。

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