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太陽の塔からみんぱくへ 国立民族学博物館

 久しぶりに行った国立民族学博物館。招待券を持って行ったのに、そのことを忘れて入館券を購入。年は取りたくないものだ。
 
 今回の展示は復活した太陽の塔に合わせて、1970年の万国博物館にまつわる民族資料の収集活動を紹介するもの。

 特別展示棟1階は螺旋状にしつらえられた導線に沿って、1階には各地域ごとの収集活動の紹介とそれにより収集された資料が並ぶ。
 誤解を恐れずに言ってしまえば、展示されている資料自体は常設展示で類似資料を目にしたことのあるものが多く、新鮮味はない。ただ、収集された状況について説明されていることが今回の展示のポイントであろう。
 地域別に任命された収集責任者は、立場や学問的系統が異なり、収集方針もそれなりの自由度が与えられていたようで、そこが面白かった。それは展覧会図録を見直していて、改めて思うことでもある。
 個人的にはアメリカ地域の担当者に興味がある。というのも、私にとっては南アメリカ考古学の入門書やアメリカ考古学の紹介書の著者や翻訳者の名前が並んでいたからである。アメリカにおいては、考古学が人類学の一分野がであることを改めて思い出す。
 個人的に一番印象に残ったのは資料でも、その収集担当者ではなく、壁面に大きく掲げられた収集予算の概算表。各地における旅費や滞在費、資料購入費の大まかな内訳が示されており、確か合計は6億円以上(1970年代当時)となっていたように記憶している。単純にすごい事業だったのだと思う(この表は図録には掲載されていない)。
 もう一点は前回更新の時に少し触れたが、source community、cultural sensibilityという単語。これはアメリカの資料のところで紹介されていた言葉で、前者は民族資料を実際に使用していた集団、後者は博物館資料といえども、その公開に当たっては使用していた集団の意向を尊重しようということらしい。
 特にアメリカでの資料収集は、資料を使用していた集団から直接入手したものではなく、既に博物館資料となっていたものや民族資料を扱う業者から入手したもので、資料に付随する付加情報が抜け落ちていたらしい。
 民族学博物館では一部の資料について、source communityの人々を博物館に招いて資料を熟覧してもらい、その文化的情報について改めて語ってもらうという活動も行っている。その中で、cultural sensibilityの問題が生じ、一部資料については映像・実物とも非公開ということに決まったようだ。

 2階は収集資料の中から、仮面類と彫像類を抽出して展示していた。仮面類は基本的に壁面展示で地域別に並べてあった。その中で、大物(体の一部までも覆うようなもの)は部屋の中央部に露出展示されていた。大物の中には国内の資料で妙にエキゾチックなものがあって、南~東南アジア的風情があったが、小さなキャプションには「日本」とあるだけで、どこのものかはよくわからなかった(ちなみに図録にも記載がなかったしなぁ)。ただ、警備の人が「トカラ列島での収集品だ」と他の来館者に説明している声は聞こえた。

 なお、2階では展覧会関係のイベントとして、楕円形の台紙に観覧者が気に入った仮面を描いたり、似顔絵を描いたりし、それを壁面に飾る活動を行っていた。お世話をしているのはMMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)の皆さん。誘われたのだけれど、時間がなかったので、パスしてしまった。

 同様の理由で、常設展示ものぞけなくて、近いうちか、次の展覧会にはもう少し時間の余裕をもって訪れたいものだ。

20180513masks

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